大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和36年(行)11号 判決 1962年11月21日

原告 井上庄次 外二名

被告 兵庫県知事 外三名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告兵庫県知事が、昭和三〇年三月一日付で、別紙第一目録記載の土地につき被告井上安友に対し、同第二目録記載の土地につき被告井上惣平に対し、同第三目録記載の土地につき被告井上正義に対し、それぞれなした農地法第三六条に基く売渡処分は、無効であることを確認する。被告井上安友は別紙第一目録記載の土地につき、被告井上惣平は同第二目録記載の土地につき、被告井上正義は同第三目録記載の土地につき、神戸地方法務局飾磨出張所昭和三一年六月一日受付第一、四六六番をもつてなした農地法第三六条に基く各所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

一、被告兵庫県知事は昭和三〇年三月一日、別紙第一目録記載の土地につき被告井上安友に対し、同第二目録記載の土地につき被告井上惣平に対し、同第三目録記載の土地につき被告井上正義に対し、それぞれ農地法第三六条に基く売渡処分をした。そして請求趣旨記載のとおり被告らのため所有権取得登記がなされた。

二、しかし、被告らはいずれも農地法第三六条に基く売渡処分の相手方としての適格に欠けるから、本件売渡処分はいずれも無効である。

すなわち、当時、被告安友は京都大学(あるいは中央大学)出身の株式会社井上組に勤務する三七ぐらいの者、被告惣平は神戸大学出身の同じく右会社に勤務する三一歳ぐらいの者、被告正義は四五歳ぐらいの国鉄職員であつて、いずれも耕作の事業を行つていた者でも、農業に精進する見込があつた者でもない。

仮に被告らが当時井上惣次郎(被告安友は惣次郎の長男、被告惣平は同次男、被告正義は同娘婿)とともに耕作に従事していたとしても、それは被告らが売渡を受けた計一町六反九畝一歩のうちの約七反にすぎない惣次郎の耕作地であつて、右売渡土地の大部分は被告らにおいて耕作していなかつた土地である。

三、原告らは次の理由によつて本件訴につき当事者適格を有する。

まず本件売渡処分がなされるに至つた経過は、昭和一四年ごろ奥小路株式会社及び安宅産業株式会社は、別紙第一ないし第三目録記載の土地(以下本件土地という)を含む約二万坪の農地(以下本件埋立地という)を、その所有農民から買受け、工場建設の目的でこれを埋立てた。ところが、その後右工場の建設が実現されそうになくなつたので、附近の農民が次第に右訴外両会社の承認を得て本件埋立地で耕作するようになり、終戦当時その数は七、八〇名に達していた。かような次第で同二二、三年ごろには右埋立地は事実上農地と化していたので、被告県知事は自作農創設特別措置法に基いてこれを買収した。ところが右訴外会社はこれを不服として争訟した結果、同三〇年二月ごろ和解が成立し、本件埋立地を東西に二等分し、東部地区は農地、西部地区は非農地として事を処理することになつた。そこで被告県知事は同年三月一日右東部地区につき農地法第三六条に基いて売渡処分をした。本件土地は右東部地区に含まれていたので右売渡処分の対象となつたのである。

ところで、原告らは同一六年ごろから右西部地区において耕作に従事していたものであつて、もし西部地区についても農地買収が行われていたならば、当然その耕作地につき売渡をうくべき第一順位のものであつたが、前記和解によつて西部地区が非農地とされたゝめに、耕作地の売渡を受けることができなかつたものである。しかし、右両地区は耕作の状態等からいつても農地と非農地に区別されるべき合理的な差異を有しないものであつて、前記和解は合理的な根拠をもたない単なる量的な妥協の結果にすぎない。従つて原告ら西部地区耕作者の耕作地の売渡を受けるべき地位が東部地区耕作者のそれと差別を受ける筋合はなく、両者は同じく一画の土地である本件埋立地の耕作者として平等に取扱われるべく、前記和解によつて本件埋立地のうち耕作者に売渡されるべき土地が東部地区のみに半減した以上、東部地区は東部地区耕作者のみならず西部地区耕作者にも平等に売渡されるべき土地である。従つて原告らは農地法第三六条に基く耕作者として右東部地区に含まれる本件土地につきその売渡を受けるべき地位を有している。

よつて原告らは本件訴の当事者たる適格を有する。

被告兵庫県知事指定代理人はまず主文同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、

「原告らは本件訴について当事者適格を有しない。すなわち、仮に本訴請求が認容されても、本件土地の所有権は国に復帰し、国はこれを自作農創設のために売渡すか、否かにつき裁量決定権を有し、仮に自作農創設のための売渡が行われても、原告らは前記東部地区において耕作の事業を行つていたものでないから、右売渡の相手方としての適格を欠き、いずれにしても原告らは本件訴の当事者適格を有しない。」

と述べ、

本案につき「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として

「原告主張の事実中、本件売渡処分がなされ被告らのために所有権取得登記がなされた事実及び本件売渡処分に至るまでの経過は認めるが、その余の事実は否認する。本件売渡処分には原告主張のような無効原因はない。すなわち、農地法第三六条第一項第一号によつて適格が認められている農地売渡の相手方は、必ずしも農業を専業にする者にかぎられるわけではなく、他に職業を有している者であつても、耕作地の拡充を企図する等将来農業に精進しようとする意図があると認められる者をも含むものと解せられるところ、被告井上安友、同惣平、同正義はその世帯を同じくしていた前記井上惣次郎とともに前記東部地区において耕作に従事し、更に右地区において他の者から耕作権を譲受け、土地所有者たる国との間で右譲受につき認可を得ようと努力していたものであるから、たとえ当初の耕作地が約七反余にすぎなかつたとしても、本件土地全部につき、それぞれ売渡処分を受ける適格を有していたというべきである。」

と述べた。

被告県知事を除く被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として

「原告らは本件土地を全く耕作していなかつたのであるから農地法第三六条第一項第一号に該当するものでなく、従つて本件訴につき当事者適格を有しない。

本件売渡処分の無効原因として原告の主張する事実のみをもつてしては、いまだ本件売渡処分に重大かつ明白な瑕疵があるとはいえない。」

と述べた。

理由

本件土地が自作農創設特別措置法により買収された小作地であつて農地法第三六条により被告井上安友、同惣平、同正義に原告主張の如く売渡され被告らのために所有権取得登記がなされたものであることは、原告と、被告県知事との間には争いがなく、その他の被告らにおいては明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そこでまず、本訴につき原告らが当事者適格を有するか否かについて判断する。

原告らは本件土地につき自己が売渡を受けるべき第一順位の適格者であると主張するが、原告らは本件土地につき耕作を行つていたことを主張するものではないから、農地法第三六条第一項第一号の規定に照らし、原告らが本件土地の売渡を受けるべき第一順位のものであるということはできない。原告らが本件土地につき耕作を行つていなくても、なお右第一順位を有するとの原告主張は独自の見解であつて採用することができない。

もつとも、原告らは本件土地につき農地法第三六条第一項第一号に該当する者でなくても、同項第三号に規定する要件を具備することによつて本件土地の売渡を受けるべき可能性を有するわけであるが、同項第三号に基く農地の売渡処分の相手方の選定は行政庁の自由裁量事項に属し、右原告らが有する本件土地の売渡を受けるべき可能性の実現の有無は行政庁の自由裁量によつて左右されるものといわねばならず、かゝる可能性を有するというだけではいまだ本件売渡処分の無効確認を訴求しうる当事者適格を有するものということができないと解する。

よつて本件訴は、原告らにおいてその当事者たる適格を欠くからこれを不適法な訴として却下し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 平田浩 黒田直行)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例